思う存分シュークリーム

「夫の出生とシュークリーム」に拍手とコメントをくださりありがとうございます。

私も子どもの頃は、今よりももっとずっと果てしなく、シュークリームの虜、でした。今だったら「ふつう」だとか「もうひとつおいしくないかも」だとか言いかねないつくりのシュークリームを、本当に深い幸せを覚えつつ、もっと食べたい、思う存分食べたい、と切望していました。

だいぶん大きくなってからは、「ヒロタのシュークリーム」というものの存在を知りましたが、それは私にとってはめったに手に入らない貴重品で、「ヒロタのシュークリームを一人でいっきに八個か十二個ぐらい食べたい」というのが、その後の夢となりました。

結婚後、関西地方に在住してみると、ヒロタのシュークリームは、思いのほか手に入りやすく、駅の乗り換えのときにも気軽に買える存在であることを知りました。それで、仕事の帰りだったか、何かの用事での外出からの帰りだったか、ヒロタのシュークリームを「自分用」にたっぷりと買って帰って、一人で思う存分食べてみたことがあります。

それは、たしかに、おいしいのはおいしかったのですが、もしかするとシュークリームは、一人っきりで食べるよりも、誰かと分け合いながら食べるほうがおいしいのかもしれない、と思いました。

小さい頃食べたシュークリームがあんなにおいしかったのは、そして、シュークリーム以外のものも当時は今よりもずっとおいしく感じていたのは、常に弟と妹と三人で分け合わなくてはならない、という、可食量に対する制限があったからこそなのかもしれないなあ。