ときどきふと思い出す

押し葉のおしらせ」に「読んでいますよ」「のぞいていますよ」のメッセージをくださりありがとうございます。

思い出してはときどきみそ文にお立ち寄りくださっているとのこと、ありがたくうれしく思います。

百四十文字の短文練習道場もご覧くださっているとのこと、あちらには思考の過程部分や面倒くさいことやややこしいことやかなりどうでもよいことも書いておりますゆえ、適当に読み流すかんじでときどき気がむいた時に眺めていただくくらいがちょうどよい加減ではないかと予想いたします。

忘れないでいてもらうことよりも、ずっと思い出し続けてもらうことよりも、ときどきふとなんとなく思いだしてもらうくらいが、私は好みみたいだなあ、と、最近よく思うようになりました。

誰かが私に対して、自分(や自分たち)のことを忘れないでいてほしい、と願ってくれたとしても、私は私の事情の中で忘れなかったり忘れたり思い出したり思い出さなかったりをまだらに繰り返すものだと思うのです。

忘れないでいてほしい、と願ってくれているのに、忘れる一瞬が複数以上あるのは願いを無にしているような気分になりそうにもなるので、自分が誰かに願うときには、忘れないでいてほしい、ではなく、ときどきたまにふと何かの折になんとなくなにげなく思い出すことがあれば思い出してもらえればそれで、私はその思いを間違いなく上手に受け止めて自分の力にすると誓う、という気持ちでいることにしてみています。